好調のマインドマップ 講座
収入が増えても消費より投資に回しがちだ。
だから、「持てる層」の高額商品需要だけでは、消費の回復には限界がある。
だが一方で、消費者のニーズを企業が十分にすくい上げていないのではないかとのT氏の指摘に、そういう面はあるかもしれないとも感じた。
それは同じころ、茨城県の元パート社員、IMさん(仮名:六十九)の体験を聞いていたからだ。
IMさんに会ったのは、私が書いたパート労働の記事がきっかけだった。
「パート労働の実態をもっと知ってほしい」と投書をくれたIMさんと、○八年二月、都心で落ち合った。
「どこでも出向きますよ」と気軽に茨城県内から来てくれたIMさんは、まっすぐな背筋にきりりとスーツをまとい、銀髪のショートカットの知的な人だった。
「現場を知っているのはパートなのに発言力がない。
おかげで、顧客に迷惑をかけてしまった。
それがつらかった」とIMさんは口を切った。
IMさんは一九九六年、自宅近くのホームセンターのパート募集を見て応募し、○六年まで半年契約を何度も更新して十年間働き続けた。
それまでは、外へ働きに出ることもなく、建築設計事務所を経営する夫を手伝ってきた。
自営業の妻には、仕事も家庭も境界線はない。
繁忙期には夜も寝ないで働くことが少なくなかった。
正社員は店に五、六人。
外回り営業や管理的な仕事をし、全国を頻繁に異動した。
店頭に来る顧客とのやりとりは、約六十人のパートが一手に引き受ける。
正社員もパートも、顧客から見れば、みな同じ社員だ。
IMさんはリフォーム相談を引き受けた。
設計事務所を長年手伝った。
それでも、周囲からは「家でぶらぶらしている」と言われ、くやしい思いをし続けてきた。
パートに応募したときは五十七歳。
二人の子どもたちも手を離れ、一息ついていた時期だった。
「五十五歳まで」という募集条件は過ぎていたが、「外で働く最後のチャンス」と決意した。
面接では、その元気のよさと、建築関係の家業を手伝ってきた経歴が買われ、まずは午前中だけの短時間勤務で採用になった。
ホームセンターは、大手住宅販売会社の子会社の支店で、日曜大工の工具販売や住宅リフォームを引き受けていた。
リフォーム人気が盛り上がり、会社が忙しくなるにつれて、労働時間は一日七時間程度、週三十時間になった。
時給は当初の七百円から七百五十円に上がった。
「設計事務所を手伝ってきた経験を生かせる」とうれしかった。
しかし、喜びは次第に失望に変わった。
てきた経験から、店頭にやってくる顧客の要望を聞き、リフォームの案を練り、最後の契約を結ぶ段階だけ正社員につなぐ。
これだけパートが職場の主力になっているなら、社会保険や育児休業など働く者としての基本的な権利は保障してほしいとIMさんは思った。
働く仕組みを勉強して、一定時間以上働いていれば正社員でなくても社会保険に入れると知った。
パートの社会保険加入の条件は正社員の労働時間の四分の三以上だ。
労働時間が週三十時間を超えたとき、IMさんは会社に「社会保険に加入できるのでは?」と聞いた。
入社して以来、その件について一切会社の説明はなかったが、その申し出を受け入れて、加入手続きをとってくれた。
だが、時給は経験を積んでも、七百五十円から変わらなかった。
正社員には定期昇給があるのに店頭の仕事を一手に担っているパートがなぜ熟練の度合いに合わせて昇給しないのか、納得がいかなかった。
本気で働くつもりだったIMさんは、本社の人事担当に直接電話し、「努力しているのだから時給を上げてください」とかけあってみた。
担当者は、「七時間労働のパートは二千人いる。
時給を十円上げただけで一日十四万円の人件費アップになる」と言った。
「だれもかれも上げろとは言っていません、がんばった人だけでも上げてください」とIMさんは粘った。
だが、店頭にはベテランのIMさんを頼ってリフォーム相談にやってくる顧客が増えていった。
○五年には約千五百万円相当の住宅リフォームの注文を獲得した。
計画を練り上げていくうちに、客の考えている予算を二百万円超過した。
材料をあまり落とすと仕上がりも使い勝手も悪くなる。
信頼している業者と何度も相談し、高い材料から価格は中程度だが質はあまり変わらない材料に変えるなどして、質を落とさず安くする方法に知恵を絞った。
これなら、というプランができた。
だが、最終段階の正式契約は正社員の仕事と決まっていた。
IMさんから引き継いだ三十代の正社員の男性は、IMさんが信頼する建築業者から、極端に安い価格で引き受ける別の業者にすげ替え、手間賃の安い職人を使った。
中古住宅は、長く使っているためゆがみができていて、既製の建具は合わないことが多い。
にもかかわらず、正社員と新しい業者は、安いからと規格品を多用するプランに変えた。
長く夫の設計事務所で働いてきた経験からすれば、住宅は安いことより長持ちして住みやすいことが大切だ。
別の業界から転職してきたこの正社員は、安ければ安いほどサービスになり、自分の評価になると思い込んでいるのではないかと不安がつのってきた。
だがパートの立場では口をはさめなかった。
完成後、顧客が店頭にどなりこんで来た。
クローゼットの引き戸の幅が五センチ足りず閉めても中が見えるという。
階段の手すりもうまくついていない。
押し入れが雨漏りする……。
十を超える欠陥を三時間にわたって指摘され続けた。
正社員は全国転勤を繰り返して昇進していく仕組みで、頻繁に異動する。
プランを変えた正社員は、もう異動して店にいない。
関東地区を担当する地域本部の管理職と一緒に、工事のやり直しなどの後始末をするはめになった。
「がんばった」かどうかを示す査定は店長が行う。
その基準には客観的な指標がほとんどなく、印象批評が多かった。
はっきりものを言うと「生意気」「協調性がない」とされて、査定が上がらないのではないかとIMさんは不安だった。
それが理由なのか「パートだから」なのかはわからなかったが、実際、査定は上がらず、賃金は横ばいが続いた。
店長に「パートに子どもができたら、どうするのですか?」と聞いたことがある。
店長は、「いったんやめて出産まで休み、またパートとして応募すればいい」と言った。
就業規則にはパートの育休はあると書いてあったが、これではないのと同じではないかと思った。
そんなIMさんに朗報が来た。
パートも資格を取れば昇給する制度ができたという。
会社もパートの戦力化を考えているんだ、とうれしかった。
経験を形にしようと、二級建築士の資格を取ることにした。
仕事の合間に学校に通って、二年で合格した。
会社に報告すると時給はアップした。
だが、それでも時給九百円で、月収は税込みで十一万円足らずにしかならなかった。
もうひとつの柱である工具やネジなどの部品の販売もパート頼みが多かった。
これらは品種が多く、しかも建築技術の激変に合わせてめまぐるしく変わる。
実務に不慣れな正社員が担当したずさんな仕事は少なくなかった。
中途採用の正社員が、高額な浄化槽を発注したあと、転勤の準備で工事日も決めず放置し、そのまま転勤してしまった。
「あれはどうなった」と顧客から苦情が来て、パートのIMさんが対応に走り回った。
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